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決意...的なもの

十数年前から、詩と映像作品と少しの短編映画で自分を表現してまいったつもりではあります。小説も最近は少し書き始めました。実はぶっちゃけますと、この30年来、不安神経症と併発したうつとの闘いではあります。ですが、精神の病とは申しましても、私にとっては全く暗い問題ではなく、むしろ世の中を滑稽に捉える事が出来て、前向きな話であります。創作活動にあたる際にも、神経は研ぎ澄まされ、鋭敏かつ巧妙になり、むしろ有利と言ってもいいぐらいです。ただし、ただ一つの欠点は、神経をすぐにすり減らしてしまうので、長い時間集中出来ないということであります。映画も実は2時間観るのは結構キツイです。しかし誠に皮肉ながら、精神の症状であるが故に、今ただちに命がどうとかするということは、おそらくありません。誠に歯痒いような、中途半端な状況なのですが生憎と、歳も歳、今年で43になってしまっております。未だに芸術活動のみでは喰っていけず、恐らく生命としての折り返し地点は過ぎ去ってしまったので、結構焦り出しているところであります。
しかし、もう今さら後退する訳にも参りますまい。別の道を探ろうにも、決して器用ではなく、タフでもなく、また非常に困ったことにかなりの内向性のため、例えば舞台の上で一人で表現するなどというようなことは到底ありえません。まったく、困ったような宙ぶらりんな状態であります。
とはいえ、今まで観てきた映画、小説、絵画、音楽、お芝居、そして何よりも最も影響を受けた、シュルレアリスムと抽象表現主義といったものは財産であると考えておりますので、これからも、これまでのやり方は貫いていくつもり、というかそれしかありません。ただその表現方法については若干変更するかもしれません。それについてもただ今検討中...もしかしたらあれほど苦手だった演技あるいはパフォーマンス活動なんていうものも...なきにしもあらず、果報は寝て待て状態であります。
ここまで稚拙な文にもし長々と付き合って頂いた方がいらっしゃいましたら、大変ありがたいとともに、非常にご心痛と、余計な取り越し苦労とご心労をお掛け致したことは、誠に、ただ頭を垂れるのみでございます。誠にありがとうございました。
もし、この先作品を通してお会い出来ましたならば、まさにそれは天の僥倖、恐悦至極の感極まった状態に他なりません。ありがとうございました。
あと、蛇足ではございますが、このような昭和初期から中期のような文章になってしまいましたのは、全く私の不徳の致すところでございます。深くお詫びを申し上げます。また、文章の所々がふざけたようになってしまっておりますのも、これが唯一の手法と申しますか、滑稽さが唯一の武器となってしまっている状況でございます。その辺も、誠に身勝手ではございますが、どうかお許し頂けたならば、これ幸いでございます。
それでは本当に長々とありがとうございました。Twitterではこのような長い文章はとても格納出来なかった為、このようなブログに誘導するような結果にになりましたことも、どうか平にご容赦頂きたく存じたてまつり上げます。もしかしたら所々、昭和初期を通り越して封建社会へと迷い混んでる言葉がございましたら、どうか優しく首根っこをお掴みの上、この平成末期までお戻し頂けたらこれ幸いでございます。誠にありがとうございました。
あ、もしかしたら自分の名前は稀に変更になるかも分かりません。誠に移り気なものでして。これがその病のせいであるのか、単に性格の問題であるのかは、私にも良く分からず、制御のしようがないのが現状となっております。

 ...どうかご容赦くださいませ。